去る10月13日、ヘルムート・シュミット元ドイツ連邦首相をホテルオークラに迎え、「新通 貨秩序への挑戦-ユーロ、円、ドル-」と題するシンポジウムを、ストックホルム商科大学・欧州日本研究所、(財)国際通 貨研究所との共同主催により開催した。
行天豊雄氏の司会により、シュミット氏基調講演を中心に、ケネス・カーチス氏ほか各パネリストと活溌な討論が展開され、通 産省、経済企画庁はじめ、各国大使館、主要新聞社、民間企業及びシンクタンクなどから約120名が参加・聴講した。
全体を総括し、当財団福川伸次顧問は、叡智に富んだ知識集約的な国家こそが21世紀のリーダーとしてグローバルマネージメントを執るだろうと結び、シンポジウムは盛会裡に閉幕した。
1.出席者(敬称略)
挨 拶: | マグナス ブロムシュトローム | (ストックホルム商科大学欧州日本研究所理事長) |
基調講演: | ヘルムート シュミット | (元ドイツ連邦共和国首相) |
パネル: | ケネス カーチス | (ドイツ銀行グルーブアジアパシフィック チーフエコノミスト) |
: | セオドア ロイェンバーガー | (スイス サンガレン大学教授) |
: | ヨーラン コラート | (スウェドバンク会長) |
総 括: | 福川伸次 | (地球産業文化研究所顧問) |
司 会: | 行天豊雄 | (国際通貨研究所理事長) |
2.基調講演(H.シュミット氏)
今後四半世紀、中国,ロシア,欧州,日本が米国と共にビッグパワーになる。中国,インド,ブラジルの人口爆発は環境/エネルギーに関わる最重要問題だ。人口増大は多発する地域紛争の因でもあり、国連強化か寡占パワーによる管理かの選択を迫られている。
米中間冷戦,西欧~イスラム対立構造も来世紀の重い課題であり、中国を国際社会に取込むべきである。
EU統合とユーロ誕生は、自発的主権委譲が民意による意志決定という点に大きな意義がある。
ユーロは、この3、4年で従来のマルク以上の安定通 貨として定着し、全準備通貨の三分の一を占め、貿易取引での米ドルの役割に並ぶだろう。
現在のEUは失業克服が最重要課題で、規制緩和と科学技術研究開発の推進が図られるべきだ。
日本経済の不振は、政府・官僚制度・金融制度への信頼喪失が原因で、新たなリーダーシップが必要だ。円の国際通 貨化は円建て決済の普及次第で政府日銀の政治発言で実現する訳ではない。銀行制度への信認回復も必要だが、それは規制緩和されぬ 限り難しい。
3.コメント
カーチス氏:EUの拡大多様化が進めば、従来の地域開発政策、農業政策、社会開発政策の継続、新規加盟諸国への適用は難しい。一部にはアフリカとの関係発展の思惑もある。欧州にはストレスがかかっており、リーダーシップが求められている。
日本は、積極財政にもかかわらず回復に至らず財政赤字も重い課題だ。企業収支低迷は賃金・雇用へ深刻な影響を及ぼし、高齢化による年金の圧迫、低金利による生保危機も重大懸念である。
米国ではインフレ圧力が高まっている。日本からの資金流入減少で株式市場が影響を受け、今後数ケ月、日米経済は緊張状態で推移する。日本には大胆な金融緩和・債務流動化以外に対策はなく、市場圧力もその方向に動くだろう。
ユーロが相対的に安定となれば、今後5年で世界通 貨の1/6~1/3程度はユーロとなろう。ただ、ドル弱体化の影響は大きく、三極の協力が克服に必要となる。シュミット氏の指摘通 り、現在はブレトンウッズ体制崩壊の最終段階で欧日米三極はそれを認識すべきだ。
ロイェンバーガー教授:金融制度と社会制度調和がユーロを主要通 貨にする。それには、シュミット氏、ボルカー氏、あるいは行天氏のようなリーダーが必要だ。グリーンスパン氏も卓越したリーダーだ。欧州の指導者は彼を見習うべきだ。
EU金融制度構築では独仏連携が不可欠だ。拡大には多様化と力の分散を伴うからコア・メンバーの合意が特に大切だ。リーダーの資質、例えば行政、企業経営などの経験とそのコンビネーションが求められる。
コラート氏:ユーロ,円,ドルのバランスについて述べたい。政治的安定は金融の安定に深く依存する。日本には金融混乱と大きな財政赤字があるが、高貯蓄率がもたらす経常黒字で問題はさほど深刻ではない。
逆に、米国は大きな債務を抱え、貯蓄率もマイナスで、日米間に巨大な不均衡がある。
誕生直後のユーロには課題も多い。欧州は、様々な国家間同盟があり、状況は日本以上に複雑である。通 貨同盟はあるが財政同盟ではないから経済安定実現は難しい。
欧州は日本と共に、市場透明性の点で米国に後れ、この点でもユーロが直ちに準備通 貨となる力は無い。
欧州、日本とも内部の構造的問題解決が先で、それゆえリーダーシップが必要になる。
行天氏:ユーロ誕生は歓迎だ。ユーロが競争力ある国際通 貨になれば、米国もドルのレートに注意を払い、“benign neglect”政策を変えるだろう。
域内の深刻な失業問題と財政政策の不整合が経済活力を損ね、現状では基軸通 貨として力不足だ。シュミット氏はドル、円に比肩する通貨となると見通 されたが、欧州中央銀行(ECB)のメンバーは、「ECBの重要課題は欧州域内の物価安定のみだ」とし、対域外物価安定は視野にない。ユーロ発足後、域内貿易の全貿易額に占める割合は飛躍的に増大し、対域外貿易割合は米国水準と並ぶ20%に激減し、その重要性は劇的に低下した。結局、ドル~ユーロの為替安定は域内構造問題とECBの政策スタンス次第といえよう。
4.ディスカッション
シュミット氏:日本の財政赤字懸念はあるが、景気回復に最も重要なことは構造改革だ。これなしに循環型景気回復を期待しても、市場の信認は得られない。
行天氏:日本の財政赤字は確かに深刻だが、債権者が国民であり、最重要課題はむしろ、消費の刺激だ。追加的財政出動を要するが、国内貯蓄1,200兆円の還流を促すシステムづくりが重要だ。
シュミット氏はユーロランド内財政政策の収斂 ・一本化を見通されたが、域内に失業、及び緊縮財政を忌避する徴候があり、収斂 への道程は相当長いだろう。
欧州の政治の重心は昨年、中道左派へシフトしたように見えたが、今それが右に戻る気配である。これは財政政策の収斂 プロセスにどういう影響を与えることになるだろう?
シュミット氏:右ではなく、保守に向かったのだ。旧東独で共産党支持が増勢しているが、彼等の不満を受け止める必要がある。ポーランド、チェコ、ハンガリー等加盟待ち諸国が加盟に過大な期待を抱いているが、2年すれば大きな失望に変わる。
ヨーロッパが纏まりながら拡大するには、段階的で辛抱強いアプローチが欠かせない。
米国のアドバイスとやらでトルコまで加盟の可能性が取りざたされているが、それはありえない。
今後EUが共通の外交政策、安保政策をとるには、さらに10~20年を要する。気長に段階的に進むしかない。そこでビジョンが大切になる。
国際通貨も今はドルだけだが、20年すればユーロが加わり円も入っていよう。40年先には人民元も加わっている筈だ。そうなればよりよいバランスも生まれてこよう。
ブロムシュトロム教授:米国の勧める規制緩和は物価の差、賃金の差を拡大、失業問題を加速させるのではないか?
シュミット氏:国境開放で価格透明性が増す。労働力移動性は無く、賃金格差問題は小さい。が、技術のグローバル化と通 商自由化で生活水準は平準化する。結局、今の水準維持には技術革新しかない。それには研究開発(R&D)の振興が必須である。
冷戦の間、米国は国防予算のなかで医療、宇宙等のR&Dを進めた。欧州も日本も国防予算以外でR&D投資が必要だ。米国は研究能力と研究効率が遥かに高く、それを学び、技術革新を早急に進めるべきだ。
コラート氏:教育への投資の必要性は賛成だ。が、それは知識較差を生み、民主主義基盤の中産階級、中流層をなくし、二極分断社会を作ることにならないか?
シュミット氏:民主主義活力が中間層に依存するのは確かだが、機会が平等に与えられるなら、知識較差が社会分断をもたらすことはないだろう。
5.質疑
Q1:米国では労働力の移動が容易だが、欧州では文化の違い、言語の問題はじめバリアが高い。なにか移動しやすいメカニズムは考えられないのか?
A1:欧州では労働者に移動の必要性はない。米国のイデオロギーは欧州には当てはまらない。中国では、亡流と呼ばれる労働力移動が政権にとって極めて深刻な問題にさえなっている。(シュミット氏)
Q2:日本の金融政策は限定的とのことだが、1兆円という巨大な財政出動が行われた。どう考えるべきか?
A2:財政政策がなければ日本経済はなお3-4%の縮小を続けているだろう。今は金融政策より、金利政策がより重要である。不良債権が増えつつあるが政府はこれを肩代わりし、円安誘導で輸出拡大を図るべきである。(カーチス氏)
Q3:アジアにおける日本の政治的役割とはどのようなものと考えられるか?
A3:韓国、中国などとの早急な和解・関係修復がなされるべきであろう。(シュミット氏)
補足:両国との関係は首脳訪問を以て改善されつつある。東アジア諸国は今次通 貨危機を経験し、域内自助努力の重要性、相互依存必要性を強く認識している。日本はアジア各国と密接な協調で地域経済強化を目指している。その強い意欲を評価したい。(行天氏)
6.総括(福川顧問)
人口爆発、技術開発、欧州統合など21世紀におけるさまざまな課題が活溌に議論された。
いずれも光りと影の両面 を持っている。
人口爆発は環境破壊や食料不足をもたらし、一方、先進国では小子高齢化による人口減少が進んでいる。
技術発展は生産性向上に繋がるが、情報技術ほかハイテクには人間疎外をもたらすとの懸念もある。
ユーロとユーロランドの成功を信ずるが、その道程では様々な難問があるだろう。宗教的文化的摩擦の発生も危惧される。異文化間の人間関係を統治するノウハウの育成が必要かもしれない。
我々は、陰の部分よりも光りの部分に目を向け、叡智によってこれらの課題を克服すべく、努力すべきである。
(文責 竹林忠夫)